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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)154号 判決 1969年2月26日

原告 堀節治

被告 東京国税局長

訴訟代理人 林倫正 外三名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

被告が大蔵省のため昭和四一年一〇月一日原告に対して別紙目録第一、第二の物件についてなした差押は何れも無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文第一、二項と同旨

第二、原告の主張

(請求原因)

一、被告は、原告の左記滞納金徴収のため昭和四一年一〇月一日付をもつて原告所有にかかる別紙目録記載の第一、第二物件(以下単に本件第一、第二物件という)を差押え、その差押書は同年同月四日原告に到達し、東京法務局台東出張所昭和四一年一〇月一三日受付第弐七五九九号をもつて右第一物件につき、同年一二月八日受付第参四六六六号をもつて右第二物件につきそれぞれ大蔵省のため右各物件差押の登記を了した。

滞納金額

年度

税目

納期限

本税

加算税

延滞税

旧利子税

三一

申告所得税

三一、一二、二〇

七一二、九七〇

六三、一五〇

九一七、五三〇

三一、一〇、三一

一八、七六二

二三、三五〇

三一七、二六〇

二七

二七、七、三一

一、六九〇

二七、一一、三〇

八八〇

二八

富裕税

二三〇

二、しかし、右差押は次の理由によりその効力がない。

(一)、被告は、昭和四一年九月一日附をもつて前項記載と同一の滞納税金徴収のため本件第一、第二の物件を差押え、その差押書は同年同月四日原告に到達した(以下単に第一次の差押という)。原告は同年同月二九日被告到達の書面をもつて右差押に対し異議を申立てた。

然るに、被告は右差押の取消又は解除をなさず、前記のとおり同年一〇月一日原告に対し本件第一、第二物件を差押え、その差押書は同年同月四日原告に到達し(以下単に第二次の差押という)、同年同月一三日本件第一物件に対し、東京法務局台東出張所受付第弐七五九九号、同年一二月八日本件第二物件に対し同法務局出張所受付第参四六六六号をもつて右差押の登記を了した。

被告は昭和四一年一一月一日本件第一次の差押を解除したとして、作成年月日昭和四一年一一月一日を昭和四一年九月二〇日と改ざんした差押解除通知書を、昭和四一年一一月一〇日原告に送達した。依つて本件第二次の差押は、第一次の差押が有効に存在するに拘らず、同一滞納税徴収のため同一物件に対し二重になされた差押であるからその効力がない。

原告は、右第二次の差押に対し昭和四一年一〇月三一日被告到達の書面をもつて異議を申立てたところ、昭和四二年七月二〇日被告は右異議を棄却し、その通知書は同年同月二二日原告に到達した。

(二)、更に本件第二次の差押は、その徴収を目的とする国税の徴収権が、既に消滅時効により消滅しているからその効力がない。

すなわち、原告の前記納税債務の納期限の最もおくれたものは昭和三一年一二月二〇日であるが、被告は右税金徴収のため前後三回に亘つて原告の後記第三債務者に対する債権を差押え、その差押書の最も遅く原告に到達したのは昭和三六年八月二六日である。しかして国税通則法第七二条第一項によれば、納期限より五年間行使しなければ、国税徴収権は時効により消滅するものとされている。

前記の如く本件国税徴収権の行使が行われた最後の時は昭和三六年八月二六日であるから、右日時より五年が経過した昭和四一年八月二五日の経過と共に右国税徴収権は時効により消滅したと云わなければならない。依つて本件第一次および第二次の不動産差押は何れも右理由によつてその効力がないのである。

(被告の本件第二次の差押の有効性についての主張に対する反論)

一、民事訴訟法第六四五条第一項が同一の不動産に付二重に強制競売手続開始決定をなすことを禁じたのは、同一の不動産につき同時に二箇の強制競売手続を開始するときは、同一の不動産に対し換価方法が二重に行われる結果、二人の買得人が発生することを防ぐためである。

強制競売手続開始決定の本質は或る不動産に対し換価手続を開始することであつて、右開始決定が差押の効果を発生するのは開始決定に与えられた一つの法律的効果にすぎない。従つて被告の云うとおり、滞納処分のなされた財産に対し民事訴訟法の定める差押又は強制競売開始決定がなされ得るのは理論上可能であるが、その結果二重の換価手続の併立の生ずるのを防止するのが滞納処分と強制執行等調整法である。このことは右調整法施行以前においては滞納処分のなされている不動産に対しては強制又は任意競売の申立が許されず、右申立をなさんとする債権者は滞納処分の原因たる公課金を代位弁済して滞納処分の登記を抹消させた上で右申立をなしたことからも窺われる。

二、右は滞納処分と強制又は任意競売との競合の場合であるが、一つの不動産に対して二重の滞納処分が競合する本件の場合については二重の換価手続の競合の防止を考慮する外に、第二の滞納処分の利益の有無を考慮しなければならない。

先ず二つ以上の行政機関が同一不動産に対して同時に滞納処分をなし得るかの問題であるが、滞納処分としての差押とは要するにその本質は換価手続の開始ということであつて、競売手続開始決定と同一のものであるから、一つの行政機関が或る不動産に対して差押をなした以上、他の行政機関は二重に差押をなすことはできない。これは国税徴収法第八六条に於て参加差押手続を定めていることによつて明らかである。

次に本件の場合の如く同一の行政機関が同時に二つの差押をなしうるかどうかの問題であるが、第一の差押の原因たる租税債権とは全く異る別箇の租税による差押でも、これをなすべき必要も利益も存しないのであるから許されない。まして前差押の原因たる租税債権に差押後の延滞金を付した債権に基き新たな差押をなすことは許されない。その場合換価金充当の段階において計算をすれば所期の目的を達することができるからである。

三、被告は「二重の換価手続の阻止が可能である場合には、二重の差押自体については、これを当然に効力がないとするまでの必要がない」と云うが、滞納処分としての差押は不動産の換価手続そのものであるから、二重の換価手続の阻止が可能であるとしても、二個以上の差押の効力を認める必要性も合理性もない筈である。

被告は第二次の差押をしたのは第二物件に対する東京都の差押があつたことの外に、当時の住所の誤記があつたからであると云うが、住所の誤記は第一次の差押の通知における原告の住所を訂正すればよいのであつて、新たに差押をなす必要は毫も存在しない。被告は第一次の差押の登記ができなかつたので第二次の差押をしたというが、若しそうであるなら、第一次の差押を登記のできるように訂正すればよいのであつて、別に第二次の差押をする必要はないのである。

(消滅時効の主張についての補遺及び被告の主張に対する反論)

一、民法第一五七条第一項は、「中断した時効は其中断の事由の終了したる時より更に進行を始む」と規定している。本件において問題となつている中断の事由は、原告の訴外大沢金備、大沢園子、鈴木利八に対する貸付元金債権ならびに原告の訴外高村須磨子に対する貸付元利金債権に対する競売申立予納金返還請求権の差押であつて、右前者の差押は昭和三三年一〇月二二日、後者の差押は昭和三六年八月二六日なされた。右差押は民事訴訟法の債権差押命令と債権転付命令との効力を兼ね備えるもので、原告の右債権は右差押調書が原告及び第三債務者に送達されると同時に国に転付され、債権差押の滞納処分の手続は終了するのである。依つて右債権差押という中断事由は、右第二回目の差押調書謄本が原告及び第三債務者に送達された昭和三六年八月二六日終了し、その翌日より時効は進行して、昭和四一年八月二五日消滅時効が完成したのである。

二、国税徴収法第六二条第二項が債務者(第三債務者)に対しその履行を、滞納者に対し債権の取立その他の処分を禁じる旨を規定したのは、滞納処分としての債権差押をなした旨を具体的に徴収職員をして表明させることを命じたものであり、又同法第六七条が差押えた債権は、そのままでは現実的な国の収入とならないので差押という徴収処分の実効を得させるための処置を規定したもので、何れも民事訴訟法の取立命令の効力を滞納処分としての債権差押に認めたものでない。

三、飜つて民事訴訟法の金銭債権差押命令は同法第五九八条の規定するとおり、「第三債務者に対し債務者に支払を為すことを禁じ、又債務者に対し債権の処分殊にその取立を為すべからざることを命ずる」決定そのものを指すのであつて、差押えた債権の換価方法即ちその内容の実現には触れていないのである。しかしてその換価方法については同法第六〇〇条において転付命令・取立命令と云う二種類の移付命令を規定する。何故右二種類の移付命令を規定したかと云うと、差押債権者が単独の場合と二人以上ある場合とがあるからであつて、平等の差押債権者が競合する場合には配当手続を規定しなければならないので配当手続を伴う取立命令の制度を設けたのである。

以上民事訴訟法の債権差押に対し、国税徴収法は第五章において滞納処分というものを設定し、その滞納処分の一つとして財産の差押という手続を設定したが、金銭債権差押については同法第八九条において、差押という制度に換価手続を含ませるという方法を採つたのである。依つて右差押とは民事訴訟法の債権差押命令と移付命令との効果を兼有する手続である。しかして国税徴収法は国税の徴収ということだけを考えているので債権差押の競合ということを予想しないから、換価手続においては民事訴訟法の取立命令という手続を設けず、所謂転付命令という手続のみを考慮したのである。依つて国税徴収法第六七条第一項の「取立」とは文字通り取立という行為を指したものであつて前記民事訴訟法の取立命令とは何等関連のないものである。

被告は、債権差押による時効の中断事由の終了時期に関する判例として大審院大正六年一月一六日第一民事部判決(民事判決抄録七〇巻一五七三七頁)を挙げるが、右判決要旨は「差押に因る時効の中断は差押を以て為したる強制執行の終了する迄継続し、其終了したる時を以て民法第一五七条に所謂中断の事由の終了したる時なりとす」ということであつて、所論の「該債権の取立をしたときから改めて進行する」ことを判示したものでない。

右判決の事実要旨は、Aが金銭債権の転付命令を得たところ、右債権については既にBよりの申請により債権差押命令がなされていたと云うことである。依つて、Bに配当せらるべき限度に於て右転付命令は無効であるが、右限度以外の債権額に付ては転付命令は有効であつて、その範囲に於ては民訴法第六〇一条の規定により、差押債権の存する限り同法第五九八条第二項の手続を為すに因り、債務者は債権の弁済をなしたるものと看做されるので、強制執行は右第五九八条第二項の手続をなしたとき終了すると判示したのである。依つて、滞納処分による債権差押が転付命令の効力を有する以上、甲第三号証の差押調書謄本が原告及び第三債務者である東京地方裁判所に送達された昭和三六年八月二六日右債権差押という滞納処分は終了したと云はざるを得ない。

四、原告の消滅時の主張に対する被告の反論のうち、第三項(1)の予納金返還請求権に関する設例の場合、右請求権は滞納処分としての差押により被告の請求権となるから、爾後において原告に対する租税債権が時効によつて消滅しても、被告の右返還請求権はその影響を受けることがなく消滅するものでない。

また、同項(2)に云う五年の経過により完成する時効は予納金返還請求権に関する時効であつて、原告に対する租税請求権に関する時効とは全く別途に考うべきこと当然のことである。

なお、被告主張のとおり、昭和三六年一二月二七日競売申立を取下げた事実は認める。

五、同第四項に云うところの詐害行為取消請求訴訟に関する経過は被告のいうとおりである。詐害行為取消請求訴訟の相手方は転得者たる有限会社叶商事であつて、租税債権の債務者である原告ではないから、民法第一四九条の裁判上の請求と云うことはできない。

大審院判決に対する我妻民法総則の見解はその趣旨が判然としないが、被告のいうとおりとすれば賛成できない。

本件差押の債務名義としての所得税更正決定は元来執行力を有するものであるから時効中断事由として考えられるのは差押である。被告は債務者に差押うべき財産(第三者に対する債権を含めて)がないときは、時効中断の方法がないことを不満として、色々の法理論を案出するのであるが租税債権たると私法上の債権たるとを問はず、差押うべき財産を債務者が有しないときは、そういう財産の出現するのを待つより他は仕方がないのである。かかる事態を救済するために時効制度を云為することは許されない。

第三、被告の主張

(請求の原因に対する答弁)

一、請求原因の第一項は認める。

二、同第二項(一)(二)の事実は認めるが、本件第二次の差押の効力がないとの点は争う。

(本件第二次の差押の有効性について)

一、被告は、原告に対する滞納処分として昭和四一年九月一日、原告所有の本件第一、第二物件につき第一次の差押をなし、その差押登記を嘱託したところ、右第二物件についてすでに東京都の差押があるとの理由で、当該差押登記がなされなかつたため、被告は、さらに同年一〇月一日、右両物件につき第二次の差押をなしたうえ、まず第一物件について差押登記手続の嘱託をなし、同物件についての差押登記を受けた。ついで右第二物件についても、その後東京都の差押が解除され、その登記もなされたので、本件第二次の差押処分にもとづく差押登記手続の嘱託をなして、これが差押登記を受けるに至つた。そして被告は、右第一次の差押について後記のとおり手続上解除の措置をとつたのである。

二、ところで、原告は、右のような事実関係において第一次の差押が存在するにかかわらず、同一滞納税徴収のため同一物件に対し第二次の差押処分がなされたものであつて、右第二次の差押は無効であるといわれるが、しかく無効となるものではないと思われる。

けだし、同一不動産に対し重ねて差押手続を実施することは、差押そのものの性質上これを許すべからざるものではなく、登記さえ許されれば、二重差押をすることも可能だからである。たとえば、明治四五年四月一九日大阪控訴院の判例は「国税滞納処分により差押えられたる不動産に対し強制執行を開始することを禁止する法律の規定なきのみならず国税滞納処分に付せられたる不動産と雖も強制執行をなすべき必要と利益の存すること言を俟たざる」ところであるとし、さらに昭和一二年一二月二二日東京地裁の判決は、「国税徴収法上同一不動産に対する二重の差押を禁止したる旨の規定なきをもつて、国税徴収法により収税官吏が納税者に対する滞納処分として或は不動産に対し差押をなしたる後更に同一納税者において納期限を過ぎて税金を完納せず督促にも応ぜざる場合において収税官吏は必ずしも旧差押を一旦解除したる上新旧両滞納金合算額を徴収するため新に一個の差押をなさざるべからざるものにはあらずして、旧差押はこれをそのままとし新滞納金のみに付同一不動産に別の差押をなすことを得るものとす」と判示した。

もつとも、この間、二重差押はできないとの消極説(大正一三年一二月一四日大判)もあり、必ずしも帰一するところがなかつたが、滞納処分と強制執行等調整法により、これら二重差押が可能であることが明らかにされたもので、滞納処分による二重差押についても(本件にあつては、同一の租税債権ではあるが、第一次、第二次の各差押にかかる租税債権は後者において延滞税が増加しているので、その点では税額が相異しており、全く同一租税債権ともいえない)、二重差押が許されないものではないと考える。

三、さらに、行政処分が当然無効であるというためには、重大かつ明白な瑕疵がなければならないことはすでに確立した判例とされているところであるが(昭和三六年三月七日最判)、ここに処分における「瑕疵が重大である」とは行政法規の目的、意味作用などに照して当該行政処分にとつて重要な要件が欠缺していると解される場合にほかならないというべきところ(昭和三六年二月二一日東京地判)、右のような要件欠缺による法規の違反がある場合においても、それが無効原因たり得べき重大なものであるかどうかについては、右瑕疵の存在が当該行政処分の法的価値にどのような影響をもつかということが本質的な問題とされなければならない。

そこで、いわゆる「二重差押の禁止」の目的とするところを考えると、そこにおいてはそれぞれの差押に基づく手続の進行による錯雑化を避ける必要があるという点に、その本質的な狙いがあるのである(昭和三三年一〇月一〇日最判)から、右判例の趣旨に鑑みるときは、二重の換価手続の阻止が可能である場合には、二重の差押自体については、これを当然に効力がないものとするまでの必要のないことがいえるのである。

被告が、本件第二次の差押をしたのもその当時本件第二の物件上に東京都の差押があつたこと及び原告の住所が登記簿上、船橋市海神町北一ノ六二〇にあつたのに、東京都台東区浅草新吉原京町二丁目九番地としたため、住所が相違していることを理由に、右差押にもとづく差押登記等の嘱託が返れいされたことによるものであつて、右新住所によつてなされた本件第二次の差押をなすについては相応の根拠があつたのみならず、差押の登記手続がなされない限り、滞納処分は全く進行することなく、滞納者に対し不利益を与えることは無く、差押処分に原告主張の如き瑕疵があるとしても、登記を具備せざる差押処分のごときは、いまだその瑕疵が具体的に重要性を具現したものとはいえない。

また前記二、で述べたごとく、二重差押を可能とした判例は、二、三に止まらず、これを積極に解する立場をとる見解があるばかりでないところからしても本件二重差押は重大なる瑕疵と言うべきものではない。

殊に、本件にあつては、すでに述べたように、本件各物件についての第一次の差押は、昭和四一年一一月二日これを解除して(解除行為の成立日を原告に解除通知が到達した日とすれば同月一〇日頃)二重差押の状態を解消したものであるから、仮りに右二重差押が違法であるとしても右違法の瑕疵は治癒されて第二次の差押は適法かつ有効となるのである。

四、次に原告は、本件第二次の差押はこれをなすべき必要も利益もなかつたから許されないとされる。ところで、不動産上の権利変動における登記の重要性はここにいうまでもないところであるが、国税滞納処分における差押もまた登記を備えることなくしてはその実効性を期しえないものであるところ、被告は第一次の差押のままでは登記を受けられなかつたので、これを可能なものとするため改めて第二次の差押をすることになつたのである。即ち、本件第一次の差押当時においては、本件第二物件の如き、差押処分による登記のある不動産につき所有権移転登記を受けた者を滞納者として、該不動産に対する滞納処分としての差押登記を嘱託しても、登記所においてこれを受理することができない取扱いだつたのである(昭和三九年二月六日付民事甲第二八八号法務省民事局長回答)。そこで、被告としては、差押登記の可否により第一、第二物件を分けて改めて差押をしたのである。

こうした事情にあつた以上、被告が本件処分をするについて、その必要も利益もなかつたとはいえないことは明らかである。

されば、前叙のような経緯のもとに第一次の差押が解除されたのである以上、もともと有効な第二次の差押が適法かつ有効に存在していることになるから、右第二次の差押を無効とする原告の主張は理由がない。

(原告の消滅時効の主張について)

一、原告は、滞納処分による債権差押は、民事訴訟法の差押命令と転付命令の効力を兼ね備えたものである旨主張するが、滞納処分による債権差押は転付命令の効力を有しない。

これは、国税徴収法第六二条第二項が、債権を差押えるときは、債務者に対しその履行を、滞納者に対し債権の取立その他の処分を禁じていること、また、同法第六七条が、差押えた債権の取立を規定していることから明らかである。

二、原告は、本件差押は、その徴収を目的とする国税の徴収権が昭和三六年八月二六日より五年が経過したときをもつて時効消滅していることによりその効力がないと主張しているが、右同日は被告が原告の債権を差押えたことにより右国税徴収権の消滅時効が中断された日である。すなわち、被告が、原告の滞納税金徴収のため、本件不動産差押以前において、最後に時効中断の措置として滞納処分による差押えをしたのは、昭和三六年八月二六日であること、原告主張の通りであるが、右差押による中断事由は、昭和三七年二月一四日まで継続していた(乙第一、二号証)ものである。けだし、時効の中断は、該債権の取立をしたときから改めて進行するから(大正六年一月一六日大審院第一民事部判決、民事判決抄録七〇巻一五七三七頁参照)被告が昭和三七年二月一四日右差押債権の取立をしたその時から再び時効が進行を始めることになつたものであつて(民法第一五七条第一項参照)、被告が本件差押をなした昭和四一年一〇月一日現在において、前記徴収権が時効により消滅しているということになるわけはないのである。

三(1)  また、被告が、本件滞納にかかる租税債権につき、昭和三六年八月二六日原告の債権を差押え、その取立てを了したのが昭和三七年二月一四日であるから、その時をもつて当該執行は終了したものであつて、その間は、債権者としての権利の行使を怠らなかつたものといいうる。されば、時効の中断は右執行の終了するまで継続することになる。けだし、本件被差押債権の一つは原告自らも述べているように、予納金の返還請求権であつて、この請求権は、昭和三六年一二月二七日競売申立を取下げたことによつてはじめて権利行使しうる具体的な請求権となるべきものであるから、もし、原告主張のように債権差押による滞納処分は、差押調書謄本が原告及び第三債務者に送達されたときに終了するものとすれば、被差押債権につき、現実に履行しうる時期が、差押処分時後、時効期間(本件では五年)を経過した日に到来するような場合には、権利行使もできないまま執行債権(本件では差押にかかる租税債権)は、時効完成により消滅することとなり、差押債権者としては債権者遅滞でもないのに、時効完成に甘んじなければならないこととなり、甚だ不合理である。

したがつて、本件滞納処分による差押は、その取立てによつて終了したものというべきである。

(2)  かりに、そうでないとしても、右返還請求権は、前述のごとく、昭和三六年一二月二七日競売申立を取下げたことによつて、権利を行使しうる請求権となつたものであるから、差押によつて中断した時効は、そのときから進行を開始したものというべきで、右同日から起算して五年の経過により時効が完成すべきところ、昭和四一年一〇月一日の差押によつて該時効は中断されたものである。

四、かりに右の主張が容認されないとしても、原告は、本件滞納税金にかかる差押を免れるために、昭和三一年一一月一七日その所有にかかる殆んど唯一の財産たる本件建物を訴外堀邦太郎に売渡し、次いで同月一九日堀邦太郎は、右建物を有限会社叶商事に売渡し、中間登記を省略して、原告堀より直接右叶商事に所有権移転登記を経由したので、国においては、原告の右売買を詐害行為に当るものとして、昭和三三年五月七日、右叶商事を相手方被告として詐害行為取消等請求の訴訟を起し(東京地裁昭和三三年(ワ)第三四五六号)、昭和三六年七月二八日、国勝訴の第一審判決がなされた。右叶商事は、控訴(東京高裁昭和三六年(ネ)第一八三四号)、上告(最高昭和三九年(オ)第三六六号)したが、いずれも敗訴し、結局昭和四一年七月二一日国勝訴の判決が確定したものである。

ところで、大審院判決は、詐害行為によつて債務者の財産を得た受益者または転得者に対し詐害行為取消の訴を提起して勝訴しても、これによつて債務者に対する債権の時効が中断されることはないと判示するが、これに対して、権利行使説をとる学説は、右判例は、訴が時効中断の効力を生ずるのは、その訴の訴訟物となる権利に限るという思想の現われであつて賛成できないとされている(我妻民法総則四五九頁)。けだし詐害行為取消の訴の提起には、債権の主張が含まれ、かつそれをもつて時効中断原因たる裁判上の請求の一種とみることができ、さらに補助参加人は従たる地位ではあるが、訴訟において相手方と対立し債権者の権利主張は債務者に対してもなされたものとみることができるからである(判例民事法昭和一七年度三六事件、中村宗雄、民商法雑誌一七巻二号二五六頁以下)。

本件事案の場合においても、原告は、右(ワ)第三四五六号事件に補助参加人として、右訴訟に参加し、国は租税債権者として、債務者たる補助参加人堀に対して、その権利の主張をし、権利の行使をなしたものであり、右取消訴訟の原因たる租税債権は、現に滞納中の租税債権に外ならないから、それにより時効中断を生じたものというべきである。

第四、証拠<省略>

理由

(本件第二次の差押の効力について)

一、被告が、請求原因第一項記載の原告の滞納税金徴収のため昭和四一年九月一日付をもつて本件第一、第二の物件を差押え、その差押書が同月四日原告に到達したこと(第一次の差押)、ならびに、被告は、この差押処分の取消又は解除をなさず、同年一〇月一日付をもつて前記と同一の滞納税金徴収のため、同じく本件第一、第二物件を差押え、その差押書が同月四日原告に到達したこと(第二次の差押)、而して右第一物件については同年一〇月一三日東京法務局台東出張所受付第二七、五九九号をもつて、右第二物件については同年一二月八日同出張所受付第三四、六六六号をもつて、それぞれ大蔵省のため各物件差押の登記がなされたことはいずれも当事者間に争いがない。

そして、成立について争いのない甲第四ないし第六号証によれば、第一次の差押においては、差押書が第一、第二物件について一括して作成され、作成日付が同年九月一日であり、滞納者住(居)所欄に、台東区浅草新吉原京町二―九又は船橋市海神町北一―六二〇と記載されていること、第二次の差押においては、第一、第二物件ごとに別々に差押書が作成され、それぞれその作成日付は、同年一〇月一日、滞納者の住(居)所欄に、船橋市海神町北一―六二〇と記載されていること、差押書のその他の記載、すなわち、宛名、滞納者の氏名、滞納金額の記載、差押財産等については、第一次、第二次差押における差押書の記載は同一であることが認められる。

二、ところで、国税徴収法によると、滞納処分としての不動産の差押は、滞納者に対する差押書の送達により行われ(同法第六八条第一項)、右送達により、滞納者は差押不動産につき処分権を失い(同条第二項、第六九条)かつ、納税債務の消滅時効が中断する(民法第一四七条)と共に、他方、徴収職員は、国税徴収法所定の手続によりいつでも右差押不動産を換価することができる(同法第八九条以下)ことになつており、これは滞納処分としての差押に結びつけられた直接の法律効果であると解すべきところ、前記二個の差押処分は、差押書の記載に若干の差異がある点を除き、その内容はほぼ同一であるけれども、少くともその効力発生の時期が異るべきものである点において互いに抵触するものということができる。従つて、いずれの差押書の送達によつていかなる効力を生ずるものと解すべきかは、この両者の差押を別個独立した処分とみるか(そして、その場合に両者の関係をどのように解するか)、又は後者を前者の処分を補正する処分とみるかによつて、結論を異にするものというべきであり、結局、右の第二次の差押書の送達のなされた経緯を検討のうえ判断しなければならない。

三、(一) そこで、以下右の点につき検討するのに、成立に争いのない甲第四、ないし第六号証および乙第三号証の一、二、同第四、第五号証をあわせ考えると、次の事実を認めることができる。すなわち、

本件第一、第二物件とも原告の所有であるところ、原告は、両物件を昭和三一年一一月一九日訴外有限会社叶商事(以下単に訴外叶商事という)に売却したが、右売買は詐害行為であるとして、国は同会社に対し詐害行為取消訴訟を提起し、昭和四一年七月二一日国勝訴の判決が確定し、右売買は詐害行為として取消された。しかるのち、被告は、前記のとおり、本件第一次の差押をなし、その登記を東京法務局台東出張所に嘱託したところ(国税徴収法第六八条第三項)、納税債務者であり、かつ、登記義務者である原告の住所として、嘱託書に記載された場所(すなわち、台東区浅草新吉原京町二の九又は船橋市海神町北一の六二〇)と登記簿上に記載された住所(すなわち、船橋市海神町北一丁目六二〇番地)とが一致しないという理由、ならびに前記詐害行為取消訴訟の進行中、訴外東京都が本件第二物件について昭和四〇年三月二五日当時、右物件の登記簿上の所有名義人であつた訴外有限会社叶商事の滞納税債務につき滞納処分として同物件を差押え、かつ、差押登記をなしていたという理由とにより、被告の前記登記嘱託はいずれも受理されず、被告は、昭和四一年九月三〇日右嘱託を取下げた。その後、被告は、東京都に対し、本件第二物件について都のなした差押えを解除するよう要請すると共に、都の差押のない第一物件について速やかに差押えの登記嘱託をなすため、第二物件については、後日、都において右差押解除の要請を受け容れた場合、即刻、登記嘱託を為し得るように、ここに、あらためて、本件第一、第二の両物件についてそれぞれ別個に差押調書および差押書(原告の住所を登記面と一致させたもの)を作成し、差押書については同年一〇月四日これらを原告に送達した(而して、両物件につきその後いずれも嘱託登記のなされたことは前記のとおりである)ものである。

右認定事実を左右するに足りる証拠はない。

(二) なお、滞納処分による不動産差押登記の嘱託がなされるにあたつて、登記原因を証する書面として添付される差押調書の正本又は謄本の記載(例えば、登記義務者の住所の表示)と登記簿上の記載とが一致しない場合には、滞納処分を受けた者と登記簿上の権利名義人との間に人格の同一性が認め難いから右嘱託が受理されないことは当然であつて、差押えにかかる不動産について登記を嘱託すべき職責を負う被告としては、このような場合、差押調書上の登記義務者と登記簿上の権利名義人とが実質的に同一人格であることを証する書面を添付して嘱託書(すなわちこれに添付すべき差押調書)の記載を変更して当該嘱託手続を維持するか、或いはまた、すでになされた差押手続を撤回し、あらためて正しい住所の記載を表示した差押書を滞納者に送達して差押をやりなおしたうえ、再度登記の嘱託をなすなど、いずれかの方法が可能であると考えられる。ところで、本件においては、前記認定のとおり、被告は登記嘱託を一たん取下げ、あらためて差押書を滞納者に送達して再度登記の嘱託をしているのである。

(三) 以上の認定の経緯に照らすと、被告が、本件第一、第二物件について、すでに原告に対し差押書の送達をしてあるにもかかわらず、再度、差押書を送達したのは、少くとも、第一次の差押書に記載してあつた原告の住所が、右物件の登記簿上の記載と一致しないため、登記の嘱託が受理されず、これでは差押の終局目的を達することができないので、登記の嘱託を実現するためであり、また第二次の差押処分は第一次の差押処分を撤回する趣旨を含み、かつ、あらためて原告の住所を訂正した各差押書の送達によつてあらたな別個の差押処分をしたものと認めるのが相当である。従つて、本件第一、第二物件に対する差押の効力も、右各差押書が原告方に送達された前記昭和四一年一〇月四日に生じたものというべきである。

四、ところで、被告は昭和四一年一一月になつて、作成月日を同年九月二〇日付と書き直した形跡のある差押解除通知書をもつて、原告に対し、同年九月一日の差押(第一次差押に当る。)を解除する旨を通知し、右通知書は同年一一月一〇日原告に到達した(この事実は当事者間に争いがない。)のであるが、このことは右認定の妨げとなるものではない。

すなわち、前記認定のように、本件第二次の差押が、客観的に、第一次の差押を撤回する趣旨をも含むものであるかぎり、理論上は、別途に第一次の差押の撤回又は取消の通知をする必要はないものと解すべきだからである。

ただし、滞納処分である不動産の差押は、財産上の法律関係につき重大な変動を招来する法律要件事実であること、右不動産についての取引の発展に伴い利害関係をもつ第三者を漸次生ぜしめる可能性のあること、本件の第二次の差押処分につき原告に送達された各差押書には、第一次の差押についての撤回又は取消に関する文言の記載がないこと(これは、甲第五、第六号証に照らし明らかである)、そのため相牴触する内容の処分が二個存在する外観を呈していること等に鑑みると、処分庁としては、右取引安全の確保をはかり、差押処分を受ける者の側の不安感を解消するための措置を講ずべきは当然であると解せられる。

従つて、被告のなした本件差押解除通知書なるものは、右のような趣旨から法律関係の現状を明確ならしめるためになされたものと解しうるのであつて、第一次の差押処分が瑕疵あるためにこれを取消す処分であるとか、国税徴収法第七九条所定の「差押の解除」であるとか認めなければならない合理的事由は見当らないし、またそのように認むべき証拠もない。

もつとも、だからといつて、被告の以上のような行政実務の適用について批判の余地のあることはいうまでもない。

例えば、本件差押解除通知書の日付が、「昭和四一年九月二〇日」とはなつているけれども、実際は、「一一月一日」と記載されていたものを後日、被告において「九月二〇日」と書き直したことについては、当事者間に争いがないところ、このように、被告において、右解除通知書が、本件第二次の差押書の作成された日付(すなわち、同年一〇月一日付)よりも以前に作成されたかのように仮装して、滞納処分が外観上何ら問題のないように紛飾せざるを得なくなつたという事実が指摘されるであろう。

五、なお、原告は、本件第二の物件については、被告は右物件について東京都のなした差押処分に続いて参加差押手続(国税徴収法第八六条)をすれば足り、再度、差押する必要はなかつたと主張する。

しかしながら、前記のとおり、東京都が昭和四〇年三月二五日なした本件第二物件の差押処分を受けた地方税の滞納者は、訴外叶商事であつて、これは、右差押当時、同訴外会社が本件第二物件につき登記簿上の所有名義人であつたからである。しかるに、右物件について、本件第一次の差押がなされたときは、前記認定のとおり、国が詐害行為取消訴訟に勝訴して判決が確定しているから、右物件は、実体法上原告にその所有権が回復済みであり、しかのみならず、東京都が、本件第二物件につき前記差押処分をした当時には、国がすでに訴外叶商事に対し詐害行為取消訴訟を提記していること、かつ、乙第五号証によれば、国は、同訴外会社に対し、同物件について処分禁止の仮処分決定を得ていたことが認められるから、国が右詐害行為取消訴訟に勝訴することによつて、本件第二物件について原告が訴外叶商事に対してなした所有権の移転は詐害行為として取消され、原告に右物件の所有権が回復されることになる以上、東京都は、もはや、本件第二物件についてなした前記差押処分をもつて国に対抗できない筋合というべきである。

そうだとすると、被告としては、本件第二の物件については原告を所有者として差押処分すれば足り、同物件につき実体法上国に対し対抗力のない東京都の右差押処分にひき続いて参加差押する必要もなく、また為すことはできないといわねばならない。

従つて、原告の右主張はその前提において理由を欠き採用することができない。

六、以上の理由により、本件第二次の差押は、第一次の差押との関連において、行政実務の運用上、批判の余地がなくはないけれども、その効力は有効というべきである。

(本件国税債権の時効消滅の成否について)

一、本件各国税債権のうち、納期限の最もおそいものが昭和三一年一二月二〇日であり、被告が右国税徴収のため、原告の訴外大沢金備、同大沢園子、同鈴木利八ら三名に対する貸付金債権ならびに訴外高村須磨子に対する貸付元利金債権に対する競売申立予納金返還請求権を前者については昭和三三年一〇月二二日、後者については昭和三六年九月二六日それぞれ差押えをなしたことは当時者間に争いがない。

二、原告は、滞納処分としての債権差押は、民事訴訟法にいわゆる債権差押命令と債権転付命令との効力を兼ね備えるものであるから、前記原告の競売申立予納金返還請求権を被告が差押え、かつ第三債務者である東京地方裁判所に右債権差押通知書を送達するとともに右滞納処分の手続は終了したものであり、従つて、右手続の完了した日である昭和三六年八月二六日の翌日より再び消滅時効が進行し、右日時より、五年経過した昭和四一年八月二五日の経過と共に本件国税債権は時効により消滅したと主張する。

しかしながら、先ず、滞納処分による債権差押が民事訴訟法の差押命令と転付命令の効力を兼ね備えるとの原告の主張には何ら法律上の根拠はない。かえつて国税徴収法第六七条によると滞納処分としての債権差押は、民事訴訟法の取立命令に準じ単に国に対し債権者に代位して債権を取立て、国税に充当する機能を与えたにとどまり、債権の移転の効力が生ずるものとは解することはできない。また、国税債権は、納税者の一般債権より優先権を認められているのであるから、ことさら転付命令類似の性質があると解する必要はないというべきである。

そうだとすると、被告が前記予納金返還請求権を差押え、これを第三債務者である東京地方裁判所へ通知した日である昭和三六年八月二六日は、被告の国税債権の消滅時効が中断した日というべきであり、右中断事由は、被告が右債権の取立を終了した昭和三七年二月一四日(右取立および日時につき原告はあきらかにこれを争わないので自白したものとみなす)まで継続し、消滅時効はこのときからあらたに進行する(民法第一五七条第一項)こととなるから、本件第二次の差押がなされた昭和四一年一〇月四日当時、本件国税債権が存在したことは明らかであり、時効により消滅したものということはできない。よつて、原告の主張は理由がない。

(むすび)

以上の理由により、本件第二次の差押処分は有効であり、かつ、右滞納処分により強制的実現の対象たるべき本件国税債権は時効により消滅したということはできないから、原告の本訴請求はいずれも理由がないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎 小木曾競 山下薫)

(別紙目録省略)

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